八木重吉

鳩が飛ぶ

あき空を はとが とぶ

それで よい

それで いいのだ

稲妻

くらい よる、

ひとりで 稲妻をみた

そして いそいで ペンをとつた

わたしのうちにも

いなづまに似た ひらめきがあるとおもつたので、

しかし だめでした

わたしは たまらなく

歯をくひしばつて つつぷしてしまつた

ほそい がらす

ほそい

がらすが

ぴいん と

われました

矜持ある風景

矜持ある 風景

いつしらず わが

こころに 住む

浪 浪 浪 として しずかなり

貫ぬく光

はじめに ひかりがありました

ひかりは 哀しかったのです

ひかりは ありと あらゆるものを つらぬいて ながれました

あらゆるものに 息を あたへました

にんげんのこころも ひかりのなかに うまれました

いつまでも いつまでも かなしかれと 祝福(いわわ)れながら

心よ

こころよ では いっておいで

しかし また もどっておいでね

やっぱり ここが いいのだに

こころよ では 行っておいで

雨の日

雨は土をうるおしてゆく

雨というもののそばにしゃがんで

雨のすることをみていたい

冬の夜

皆が遊ぶような気持ちでいつもつきあえたら

そいつが一番たのしかろうとおもえたのが気にいって

火鉢の灰をならしてみた

ふるさとの山

ふるさとの山をむねにうつし

ゆうぐれをたのしむ

月にてらされると

ひとりで遊びたくなってくる

そっと涙をながしたり

にこにこしたりしておどりたくなる

水や草は いいかたがたである

はつ夏の

さむいひかげに田圃がある

そのまわりに

ちいさい ながれがある

草が 水のそばにはえている

みんな いいかたがたばかりだ

わたしみたいなものは

顔がなくなるようなきがした

あの 雲は くも

あのまつばやしも くも

あすこいらの

ひとびとも

雲であればいいなあ

めを つぶれば

あつい

なみだがでる

冬 日

冬の日はうすいけれど

明るく

涙も出なくなってしまった私をいたわってくれる

神の道

自分が

この着物さえも脱いで

乞食のようになって

神の道にしたがわなくてもよいのか

かんがえの末は必ずここへくる

あさがお

あさがおを 見

死をおもい

はかなきことをおもい

虫が鳴いてる

いま ないておかなければ

もう駄目だというふうに鳴いてる

しぜんと 涙をさそわれる

雨の日

雨が すきか

わたしはすきだ

うたを うたおう

悲しみ

かなしみと

わたしと

足をからませて

たどたどゆく

美しくあるく

こどもが

せっせっ せっせっ とあるく

すこしきたならしくあるく

そのくせ

ときどきちらっとうつくしくなる

人形

ねころんでいたらば

うまのりになっていた桃子が

そっとせなかへ人形をのせていってしまった

うたをうたいながらあっちへいってしまった

そのささやかな人形のおもみがうれしくて

はらばいになったまま

胸をふくらませてみたりつぼめたりしていた

不思議

心が美しくなると

そこいらが

明るく かるげになってくる

どんな不思議がうまれても

おどろかないとおもえてくる

はやく

不思議がうまれればいいなとおもえてくる

【八木重吉】やぎじゅうきち
(1898~1927) 東京府南多摩(現、東京都町田市)生まれの詩人。東京高等師範学校卒業。在学中にキリスト教に入信。英語教師をしながら詩作に没入。詩集「秋の瞳」「貧しき信徒」など多くの繊細かつ清純な抒情詩を発表。1927年、肺結核で夭逝。30歳。